250万円を考える

先日読んだ本の中に、もとキャバ嬢が「キャバ嬢半年で250万って大金稼いだから、今はキャバ嬢やめてそれで暮らしてる…云々」みたいなことが書いてあったんですが、この250万円についてと、このもとキャバ嬢の言葉について色々と考えていました。

250万円って大金なのか~というのがまず私の率直な感想だったのですが、う~ん…、生活の中で250万円以上の金額を見てしまうと250万円が「大金」という感覚がなくなってしまう…というか、何と言うか…。別に250万円を貯めたとか稼いだとか失ったとか色々ですが、私の場合、家のローンで250万円以上の金額がかかっているわけで、最早大金云々という概念がどこかへ行ってしまっていると言うのがあります。

と、いうわけで、250万円が大金かと言うと人によってはそうでもないと…。


で、もう一つ気になって考えていたのが、「250万円の大金を半年で稼いだから、もう暫くは働かなくてもいいや」的な考えですね。

私にとって(他の方は分かりませんが)250万円は書いたように大金とは思わないのですが、250万円を得た時間というのが気になったのです。大金と言う概念を外した上で考えることにします。250万円を半年で貯めるという価値観と250万円を5年かけてためたという価値観にはえらい違いがあります。250万円を半年で貯めた=簡単に(実際は簡単ではないだろうけれど)手に入ったお金=デジタルカメラみたいな感じ。チャチャッと撮ってパパッとプリントしてオッケー、いらないデータは消去してオッケー、お手軽的な。で、5年かけて貯めた250万円は、想い出アルバムみたいな感じ。1円単位で想い出があってなかなか使えない…。使うとなるとまるで想い出を切り取るかのような気持ちになる…。となると、コツコツ貯めた貯金って、使うのにとても勇気が必要だなと思ったのです。そりゃぁ、必要に迫られれば使わなくてはいけないけれど、同じ250万円でも気持ちの入り方が違います。

と、お金を使うのにそこまで執念深くなる必要はないのですが、お風呂に入っていてふと「同じ250万円でもどうしてこうも使い方がちがうのだろうか?お金自体は一緒なのに」とうんうん考えていたというわけです。

または、使うときの理由によっても変わってきますね。パーっと一晩で刹那的に使うか、子供の受験のために使うか…。色々。



まあ、コツコツ貯めた貯金を使うときは身を削られるような気持ちになるものですが、必要に応じて使わざるを得ないという…。


お金って残酷…。



だけど、お金って必要だから、生かすも殺すも使う人次第なんでしょうね。

by wampp | 2011-06-19 21:16 | ひとりごと